年代測定
制作:(株)アーキジオ

1.概 説
 1970年代から1980年代にかけて「現代、すなわち有史時代以降に発生した地すべりの大部分は、古い大規模地すべりの再移動である」とする研究報告あるいはその実証報告が多く見られるようになってきました。そして、今ではこうした考え方が、地すべり対策技術の分野においても定説として受け入れられるようになりました。このことは地すべり調査および対策を検討する上において極めて重要な課題であり、一般の地すべり調査では、現代の地すべりの背景にある有史以前の初生変動やその規模・性状等の把握が求められるようになってきました。こうした問題に伴って、地すべりの絶対的な活動年代の把握が盛んに行われるようになりました。この分野ではこれまでのところ、主に放射性炭素14Cを用いた年代測定法が多く用いられております(図−1,2参照)。しかし、個々の現場の状況や目的によっては、これ以外の年代測定法を活用できるケースもありますので、地層や岩石の年代測定法について簡単に紹介しておくことにします。

引用文献
 大西吉一・寺川俊浩・西田彰一(1984):14C測定値からの地すべり多発期について.第23回地すべり学会研究発表会予稿集,pp.64-67.
 中村三郎・檜垣大助(1991):地すべり地形の生成と変化.シンポジウム 地すべり災害斜面のうつりかわりと地下水排除・効果 論文集,地すべり学会,pp.68-76.

2.測定技術
 地層や岩石の絶対年代を測定する技術の中で、花粉分析法古地磁気測定法なども地すべり調査に役立つ場合がありますが、ここでは以下の3つについて簡単に解説します。
  ・放射線測定による推定
   地層中に挟在する火山灰の特定による推定
  ・樹木の年輪観察による推定
 いずれの技術も通常は私達のような土木技術に関連した業務に従事する技術者が簡単に行えるものではなく、それなりの知識・経験・技術を必要とします。したがって、実際の測定や分析は、それぞれの専門家に委託することが多いと思います。ここでは簡単な説明にとどめますが、その原理・測定・分析方法についてはキチンと理解しておく必要がありますので、実務に携わる場合はさらに詳しい文献に目を通しておいてください。
 2.1 放射線測定による方法
 放射性核種の壊変を利用して年代を測定する方法であり、試料に残っている放射性核種の量、試料に残っている親核種と生成している娘核種の量比、試料が周囲の放射線から受けた損傷の量などから試料の年代が推定されます。-Ar法、Rb-Sr法、U.Th-Pb法、Sm-Nd法、フィッショントラック法などは岩石の固化時の年代や隕石の固化年代を測定することによって地球やその他の天体年齢の推定に利用されています。
 地すべり調査の分野でこれまで利用されてきた方法はほとんど14C法ですが、考古学の分野ではこの他にフィッショントラック法、熱ルミネッセンス法、電子スピン共鳴法などが用いられており、今後こうした方法の利用も考えられます。また、地下水調査の分野などでは-/e-3法、Pb-210などが使用されることもあります。
 個々の測定法については、省略しますが、以下には当分野で最も多様されている14C法についてだけ簡単に解説しておきます。
○ 14C法
 (1)原理
 生物の遺体である木材、貝殻、骨などの測定に利用される方法です。14Cは宇宙線の中性子により大気中での核反応で生成し、大気中の14C濃度は生成と壊変が平衡した一定値になっています。生物は新陳代謝により生体中の炭素中に一定の割合で14Cを取り込みますが、生物の死後は新陳代謝が停止するために、14C濃度を測定することによって生物の生命活動停止後の年代を知ることができるわけです。つまり、14Cは放射性元素であるために一定の早さで減少していきますが、その半減期は5568と定められており、これによって絶対年代を算出することができるわけです。なお、測定可能な年代は概ね300年前から5万年前までです。
 (2)測定法と結果の報告
 14Cが放出するβ線の比放射能を測定する方法(β線計数法)と加速器質量分析器で炭素同位体の存在比(14C/12C,14C/13C)を測定する方法(AMS法)があります。しかし、最近では感度の高い後者の方法がよく使われるようになりました。また、AMS法では通常δ13C補正が行われます。δ13Cとは世界共通の標準物質の13C/12C比値を基準として、試料との13C/12C値の較差を千分偏差(‰)で表したものです。こうして得られた結果は次のように報告されます。

 (3)留意点
 この放射性炭素年代は大気中の14C濃度が経過時間によって変化しないと過程した上で年代値が計算されていますが、実際は年代や地域によって濃度に変化があることわかっています。また、β線計測法ではδ13Cによる同位体効果の補正がなされておりませんので、提示された数値だけをみるのではなく、補正の有無がなされたデータかどうかを確認しておく必要があります。
 一方、試料の採取は一般に技術者自身によって行われることが多いわけですが、以下に採取に当たっての留意点をまとめておきます。
・梱包は綿や紙などの繊維質や有機質のものでは包まず、アルミフォイルに包んでからポリ袋に入れる。
・試料採取の際は、極力素手で触らない。軍手など繊維が落ちるものは使用しない。
・試料量は乾燥状態で5mm角(約100mg相当)が目安だが、炭素量で5mgあれば処理可能である。

 2.2   火山灰(テフラ)による編年法
 我が国は火山国であるために、全国各地に多くの火山灰層(こうした火山砕屑物の総称を「テフラ」と言います)が分布し、段丘上など侵食を受けにくい地形のところでよく見かけることができます。特に、大規模な火山噴火によって放出された火山灰は、極めて広範囲に広がります。そして、このようなテフラは広い地域に同時に堆積するために第四紀中〜後期の地質時代や層序を確定するために極めて有効な鍵層として注目されております。これを用いた地層や段丘の編年法も、最近、上述した14C法等による絶対年代の測定結果との対比等により、かなり精度の高いものとなってきました。
 日本列島の上空は偏西風が西から東に吹いているために、一般に火山灰は火山の東側に広がっていきます。このためにかつて九州鹿児島湾内にあった姶良火山で約2.62.9万年前におきた巨大噴火の産物である姶良Tnテフラ(AT)(次の写真参照)は、最も広範に分布しており遠く青森県津軽半島でも発見されています。他にも西日本では約7300年前の鬼界アカホヤテフラ(K-Ah)や約8.59.0万年前までの一時期に、阿蘇カルデラから放出された阿蘇4テフラ(Aso-4)などもよく見かけられますが、これ以外にも多くの広域テフラが確認されております。また、ローカルなものでも地層の年代を推定するのに有効なものが少なくありません。
 このようなテフラは、古い地すべり斜面を覆っていたり、沼の堆積物の中などにはよく保存されている場合があります。また、地すべり崩土の中に挟在し、ボーリングコアとして採取されることもあります。もちろん、この場合は地すべり崩土の年代あるいは古い地すべりの発生年代を直接知ることはできないわけですが、いつ頃のものであるのか大まかな発生年代の推定に役立つことになります。
 これらのテフラの特徴や分析方法については、下記の参考書に詳しくまとめられておりますので、地すべり調査に限らず地質調査に携わる技術者の方々は一読されることをお勧めします。
 新編火山灰アトラス 日本列島とその周辺 町田洋・新井房夫著:東大出版会

 2.3    年輪年代測定法
 樹木の年輪は気象条件によって左右され、生育の良い年と悪い年があります。したがって、年輪幅の変化を何10年という期間で見てみると木材の種類によってあるパターンが現れてきます。そのパターンを時代の少しずつずれた木材を使って過去へ遡って行けば、結果として何1000年もの物差しができあがるわけです。
 これは、1920年代にアメリカで開発された方法ですが、気候が温暖で地形の複雑な我が国ではその適用が難しいと考えられていました。しかし、1980年代になってやっと考古学分野の光谷拓実さんという方がこの研究に取り組まれ、最近では過去約2000年位まで遡ることが可能となっています。ただし、年輪年代法で測定するためには、出土した木材の一番外側の年輪(最外年輪)まで残っていることが必要だそうです。
 地すべり調査の場合、まだあまりこうした取り組みの事例は少ないようです。しかし、集水井の掘削工事中などに木材に遭遇する機会はよくあると思いますので、これからの活用が期待されます。
 興味のある方は、下記のURL等を参照して下さい。
  http://www2.odn.ne.jp/hideorospages/yamatai03.html
  http://www.katch.ne.jp/~west-v/nenrin.htm

3.結果の利用方法および留意点
 3.1   試料採取箇所周辺の地質状況の観察が大切
 今世紀に入って、地すべり調査の分野でもIT技術を駆使した探査法や計測技術の進歩はめざましいものがあります。また、ボーリングのコア採取技術も著しい進歩が見られ、よほどの悪条件でない限り100%のコア採取が当然という時代になってきました。しかしながら、それと反比例するように若い技術者の現場離れが問題となっています。そのために、せっかく完全な形で採取されたコアをいくら詳しく観察分析してみても、それが地質図あるいは地質断面図に活かされず、せいぜい風化区分と地すべり面を書き込んだ程度の断面図が示され、地質平面図にいたっては稀にしか見かけることがなくなってきました。これではせっかく精度の高い年代測定をしてみても正しい地すべりの発生時代やその発生経緯を知ることはできません。まず、現地での丁寧な観察によって層序区分を確立し、どの位置からどのような条件の試料を採取したのかを記載することが大切です。
 3.2 測定・分析結果の過信は禁物
 上記の問題にも関連しますが、測定・分析結果自体がいくら精度の高いものであっても測定された年代値は必ずしもその地層の年代を示すものではありません。例えば、地すべり崩土中に埋積された木片は、度重なる地すべり活動によって古い時代の地すべり崩土が新しい地すべり崩土の中に混じり込んでしまうことは十分に考えられることです。また、乱れのない成層したテフラ層が観察され、そこから採取された試料なら問題はないでしょう。しかし、ボーリングコアなどで採取された試料ですと、これも地すべり活動によって乱されたり、再堆積(いわゆるリワーク)したものである可能性もあります。こうした判断は丁寧な野外観察を抜きにしてはできようがありませんので、測定値のみの過信は禁物です。したがって、露頭から採取する場合はその状況をキチンと観察し、スケッチをしておくことが大切ですし、ボーリングコアから採取する場合も上下の地質状況を含め、産状を把握しておく必要があります。さらに、試料によっては採取にあたって異物を混入させないなど細心の処置が必要なものがありますので、その測定法をよく理解しておくことが大切です。
(文責:株式会社アーキジオ 野崎 保)