1.
全般
1)鉄道総合技術研究所の沿革と組織について
財団法人鉄道総合技術研究所は、1986年に設立され、翌1987年のJR会社の発足と同時に、日本国有鉄道が行っていた研究開発を承継する法人として本格的な事業活動を開始しました。車両、土木、電気、情報、材料、環境、人間科学など、鉄道技術に関するあらゆる分野にわたる基礎研究、研究開発及び技術開発を手がけている組織です。
防災技術研究部を含め、13の研究部門があり、職員数は512名(H21.1現在)、特許保有件数は2117件(H20.11末現在)に及びます。
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2)地盤防災研究室全体としての目的は何ですか?
斜面や河川などの地盤に関わる災害を軽減する技術、土構造物(盛土・切土)や自然斜面、河川周辺構造物の維持管理技術に関する調査・研究を主として進めています。
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3)地盤防災研究室の防災技術研究部内での位置付けや他部門とのかかわりは?
防災技術研究部は、「地盤防災研究室」をはじめとして「気象防災研究室」「地震防災研究室」「地質研究室」の4研究室があります。このうち、気象防災研究室は主として風災害や雪氷災害の軽減を主目的とした研究を進め、地震防災研究室は、早期地震検知・警報システムの開発をはじめとして、地震災害のリスクや耐震対策の減災効果についての研究を担当しています。
また、地質研究室は、鉄道施設の建設・保守に関連した地形・地質・材料の問題を担当しますが、防災関係にかかわらず鉄道全体の地質関係について係わる事になります。もちろん防災技術研究部の横断的な連携もあり、地震によって斜面が崩壊すれば、早期復旧を目指して、地盤防災と地震防災の両研究室が連携をとり、また地質的な知見については地質研究室との連携も図る事になります。
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4)地盤防災に関する他の研究機関、たとえば(独)土木研究所などとの違いは何ですか?
地盤にかかわる災害を軽減するための研究といった面からは大きな相違はありませんが、対象としている保全施設が鉄道であり、列車の安全運行のための研究といった面を中心にして進めている点が少し異なります。
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5)主な活動場所はどこですか?
基本的には、現場が主たる活動の場となりますので、JRの協力を頂いて全国の鉄道沿線での計測や調査が中心となります。実験につきましては、構内に大型降雨実験装置がありますので、散水実験はいつでも行うことができます。
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6)成果の発表はどのような機会におこなっていますか?
一般向けとしては、各種学会での全国大会や論文などで発表するほか、鉄道総研が主催する毎月行う月例発表会において、まとまった研究成果を発表しています。
また、鉄道総研報告やRRR(Railway Research Review)といった機関紙を出版するとともに、その内容はホーページでも公表されています。
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2.個別研究課題について
各研究の進捗状況と今後の方向性について(主要な研究テーマについてご紹介ください)
(1)斜面災害対策の最適投資意志決定方法の研究
1)今取り組んでいる研究概要
斜面崩壊や落石などから列車の安全・安定輸送を確保するためには、崩壊する危険性のあるすべての斜面に、のり面防護工などの防災投資を実施し、災害を未然に防ぐことが理想です。
しかし、鉄道沿線には数多くの斜面が存在するため、斜面の耐力や線区の重要度などから経験的に防災投資の優先順位を決定し、順次対策を実施してきています。今後も不安定とされた箇所については、ハード対策を中心とした対策を施すことになります。
効果的な対策とするためには、斜面の耐力だけではなく災害の発生確率や発生時の損失なども考慮して、斜面災害に対する危険度を定量的に評価することが望ましいといえます。そこで、本研究では、リスク評価手法を適用することで、斜面災害の発生確率や発生時の損失を考慮した斜面災害に対する危険度をリスクとして定量的に評価し、防災投資の意思決定支援に、この評価結果を利用する方法について検討しています。
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2)現時点の研究成果の概要
盛土と切土を対象として、降雨によって崩壊する場合を想定したリスク評価手法についてはほぼ評価する方法が完成しました。リスクを算出するためには、斜面の崩壊発生確率や降雨の発生確率、降雨時に想定される事象ごとの発生時の損失、などをあらかじめ算出する必要が生じますが、これらについて算出方法を提案しています。
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3)今後の研究の方向性
降雨によって崩壊する盛土・切土の崩壊以外にも、鉄道では落石災害が多く、大変困っています。落石に対しても落石防護を施したり、検知装置を取り付けるなどして安全運行のために努力をしています。落石の場合は降雨などの外力に依存しないで発生することもあり、落石発生確率を算出することが大変難しいと考えられますが、これについてもリスク評価手法を適用して、落石の危険度を評価することを可能にしたいと考えています。
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(2)既設盛土の効果的排水対策工の研究
1)今取り組んでいる研究概要
古い時代に建設された盛土の耐降雨性向上を目的として、鉄道ではのり面に排水パイプを打設するなど、耐力向上に努めていますが、より効果的な排水対策とするための設計手法は確立されていません。そこで、主として排水パイプをターゲットにして、排水効果、力学的な補強効果を定量化し、立地条件に合った効果的な排水対策を設計する手法の研究をはじめました。
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2)現時点での研究成果の概要
盛土法面にパイプを打設することで、地下水の排除がスムーズになることはこれまでの実験で明らかになっています。
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3)今後の研究の方向性
模型散水試験や実際に盛土に打設されている排水パイプの引き抜き試験等を行い、さらに数値計算などを通して、鉄道盛土特有の立地条件や盛土の構造条件にあった排水対策工の設計手法を提案する予定です。
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(3)河川増水時における橋脚の安定性評価手法の研究
1)今取り組んでいる研究概要
鉄道の河川橋りょうも古い時代に建設されたものが多く、直接基礎で橋脚が造られているケースが多く見られます。こうした橋脚は河川増水によって橋脚周りが洗掘されて、場合によっては倒壊するケースもあります。このため、洗掘されにくいように、橋脚周りにブロック工などの防護をしています。増水していない場合には、鉄道総研が開発した衝撃振動試験で安定性を評価していますが、一端増水して列車を止めてしまうと、水が引くまで安定性を確認することができなくなってしまいます。そこで、水の流体力によって橋脚が振動する事に着目して、増水時にリアルタイムで安定性が評価できる手法についての研究を進めています。
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2)現時点の研究成果の概要
あらかじめ、衝撃振動試験を行うなどして橋脚の固有振動数を特定しておけば、流体力によって振動する橋脚の卓越振動数から固有振動数の変化を捉えることで、安定性の評価ができることがわかってきました。
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3)今後の研究の方向性
増水時の橋脚の固有振動数の変化と安定性との関係を明確にするなどして、増水によって列車が停止した場合でも、より的確にまた早期に運転再開の判断ができるシステム構築を目指します。
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3.民間企業や協力会社との共同研究について
現在、共同研究の予定は特にありませんが、機会があれば実施は可能です。
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4.施設の利用方法
1)斜面防災に関するどのような施設がありますか?
2)どのような研究に利用されていますか? また、利用頻度はどの程度ですか?
大型降雨実験装置は、基本的には、降雨による斜面崩壊を中心とした試験で利用しています。
その他、降雨時の信号や通信などの試験等で使用することもあります。幅6m,奥行き12m,高さ5mの大規模な実験土槽で、散水能力は最大時間雨量200mmです。土槽の背面には、給水孔を設けてあり、斜面模型への給水により地下水を模擬することが可能です。散水用水は地下水を利用し、試験後は地下に還流される仕組みです。
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3)施設利用の申込み方法(利用可能であれば)
大型降雨実験装置については、試験などを実施していなければ、いつでも利用できます。
事前にお問い合わせいただければ、所定の手続きを経て利用していただけます。ただし有償になります。
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5.交流研究員について
現在実施しておりませんが、出向は民間企業からも受付けています。
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6.各研究員について
杉山研究室長、佐溝主任研究員、太田主任研究員(以下経歴等参照)をはじめ、総勢8名です。
そのうち、2名はJRからの出向職員です。
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1)杉山友康 研究室長
S54. 国鉄入社
S62. (財)鉄道総合技術研究所
博士(工学)、技術士(建設部門)
専門:地盤工学、斜面防災
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2)佐溝昌彦 主任研究員
S54. 国鉄入社
S62. (財)鉄道総合技術研究所
専門:地盤工学、河川工学 技術士(建設部門)
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3)太田直之 主任研究員
建設会社勤務を経て
H13. (財)鉄道総合技術研究所入社
博士(工学)、技術士(建設部門)
専門:地盤工学、斜面防災
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<取材後記>
立春が近いとはいえ冷たい北風の中、鉄道総研にお伺いしました。敷地内に数多く植えられた桜のつぼみも、まだまだ固く閉じているようでした。
JR国立駅の北口から住宅街を抜け、研究所の前に立ったとき、20年前にはじめて訪問したときとあまり変わらない風情に懐かしささえ感じました。しかし、取材を通じて、総合研究所の名前にあるとおり、鉄道技術におけるさまざまな分野の最先端の研究や開発が行われていることがわかりました。杉山室長の目指すところは、専門分野を超えそれらの技術を統合した「システムとしての安全性」であると伺いました。地盤防災における基礎研究をはじめ、研究開発、そして実用化技術の開発と、さまざまなレベルの研究・開発を、精力的に手がけておられる姿が印象的でした。
斜面や地盤防災にかかわる研究者や技術者は、利用者など人目に触れる機会が少ないのが常ですが、「縁の下の力持ち」として、利用者や社会の安全を支える重要な役割を担っていることを、さらにアピールしていく必要があると感じました。
最後になりましたが、お忙しい中、取材のために貴重な時間を割いていただいた杉山室長をはじめ、大型降雨実験装置をご案内いただいた布川副主任研究員には、この場を借りて御礼申し上げます。
<取材写真>

鉄道総研
正面玄関からの全景。
敷地は197,000u(東京ドームの約4倍)で、建物は66,600uを占めています。

玄関前に展示されている、初代超電導磁気浮上式推進実験車(ML100)と、後方は山梨実験線用車両(MLX01)。

大型降雨実験装置
国内でも最大級の降雨実験装置であり、5種類の散水ノズルを使い分けることにより、時間雨量7〜200mm/hの雨を降らせることができます。実験土槽は、幅6m×奥行き12m×高さ5mです。斜面の崩壊に関する試験や、雨の中でのセンサーの性能評価試験等に利用しています。

大型降雨実験装置の背面
土槽の背面には給水孔を設けてあり、ここから斜面模型に給水することで、斜面内の地下水を模擬することができます。バルブを開閉する高さを変えることで、形成する地下水面の高さを調整することができます。

鉄道総研国立研究所の所在地である国分寺市光町(ひかりちょう)は、同研究所が開発を行った新幹線の列車愛称「ひかり」号に由来しています。
写真の新幹線試験車両(951-1形)は、1972年に開通前の山陽新幹線で、当時の日本国内の鉄道車両最高速度記録286km/hを達成した記念すべき車両です。1991年に国分寺市に寄贈され、研究所正門前の市の施設“ひかりプラザ ”で、新幹線資料館として一般公開されています。
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