新技術紹介

独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 建設安全研究グループ

技術センター
労働安全衛生総合研究所【清瀬地区】外観
(労働安全衛生総合研究所HPより)

地図
研究所開設のきっかけとなった
破裂したボイラーの展示遺構

取材日時 平成30年1月31日(水) 13:30~17:00
取材場所 〒204-0024 東京都清瀬市梅園1-4-6【清瀬地区】
電話 042-491-4512(代表)
ホームページ https://www.jniosh.johas.go.jp
取材回答者 建設安全研究グループ
玉手 聡 首席研究員、堀 智仁 主任研究員、平岡 伸隆 研究員
取材者 斜面防災対策技術協会ホームページ委員会:沓澤武・土佐信一

1. 研究所の概要

質問1:研究所の沿革を教えてください。

回答1:

厚生労働省付属の研究機関であった産業安全研究所(昭和17年設立)と産業医学総合研究所(昭和31年設立)が、平成18年に統合して労働安全衛生総合研究所となり、さらに、平成28年に全国の労災病院を運営する労働者健康福祉機構に統合されました。

研究施設は、東京都清瀬市の清瀬地区と神奈川県川崎市の登戸地区の2箇所にあり、清瀬地区では産業安全(機械・建設・化学・電気の各産業分野)の研究、登戸地区では労働衛生(ストレス・毒性・疫学)の研究を行っています。研究者数は清瀬地区34名、登戸地区39名です。

質問2:建設安全研究グループの特徴を教えてください。

回答2:

労働者の安全と健康を守ることに資する研究を行うという当研究所の目的のもと、建設安全研究グループでは、建設工事で発生する労働災害を防止するため、各種仮設構造物の安全性の評価と倒壊防止技術の開発、土砂崩壊の発生機序(メカニズム)の解明と崩壊予知技術の開発、作業者の墜落に対する工学的究明と防止技術の開発、施工法の安全性評価などの研究を行っています。

また、厚生労働省からの要請等を受けた大規模な労働災害や発生メカニズムが複雑な労働災害等の現場に赴いて、科学的・専門的知見に基づいた原因調査を行うこともあります。


【建設安全実験棟】

  • 安全帯(墜落制止用器具)の試験を行う屋根墜落試験装置

    安全帯(墜落制止用器具)の試験を行う
    屋根墜落試験装置

  • 保護具を装着したマネキン

    保護具を装着したマネキン

  • 試験用の人体ダミー

    試験用の人体ダミー

  • 仮設構造物の性能実験などを行う3000kN垂直荷重試験機

    仮設構造物の性能実験などを行う
    3000kN垂直荷重試験機

質問3:斜面防災技術に関連する研究内容を教えてください。

回答3:

斜面防災技術に関連する研究として、

(1)掘削工事における土砂崩壊のリスク低減策に関する研究・・・完成前の斜面の安定、溝掘削工事での事故防止、計測によって崩壊危険を捉える等
(2)くい打機など建設機械の転倒防止に係る研究・・・工事現場の地盤養生に関する問題
(3)現場の地耐力調査と仮設的な補強方法の検討
(4)地下水位変動に伴う切土斜面の崩壊危険に関する研究
(5)建築用タワークレーンマストの繰り返し荷重に対する力学的特性に関する研究
(6)安全帯(墜落制止用器具)を用いた工法に関する研究・・・親綱アンカーを含む

などがあります。


【掘削工事の崩壊実験】

  • 実験斜面への計測機器の設置

    実験斜面への計測機器の設置

  • 重機を用いて掘削

    重機を用いて掘削

質問4:研究成果はどのように発表していますか?

回答4:

(1)「労働安全衛生研究」は労働安全衛生分野全般を対象とした和文学術誌で、年2回刊行、研究所ホームページとJ-Stageでも公開しています。他に定期刊行物として、英文誌「Industrial Health」、「特別研究報告」なども発刊し、研究所HPでも公開しています。
(2)学術学会への投稿や発表は、国内では土木学会・地盤工学会・日本地すべり学会・砂防学会・安全工学会など、国際的には土木・地盤工学関連の学会やCanadian Geotechnical Journal誌への投稿を行っています。
(3)研究所の一般公開イベントを、毎年、科学技術週間(発明の日である4月18日を含む週)の中の平日に取り組んでおり、土砂崩壊や風洞実験(足場の転倒)などの実演実験を行っています。

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2. 研究や技術開発の進捗状況と今後の方向性

質問1:現在進めている研究課題を教えてください。

回答1:

最近発表した斜面防災関係の研究テーマとしては、下記のものがあります。

(1)軟岩斜面の掘削工事におけるリスク、労働安全衛生研究2018年1号(J-Stage早期公開論文)

(2)ニュージーランド・カンタベリー地震後の復旧・復興工事における労働安全衛生に関する実態調査、労働安全衛生研究Vol.8, No.2, 2015

(3)建設機械の転倒及び接触災害の防止に関する研究、特別研究報告SRR-No.46-1、2016
・建設機械等による労働災害の詳細分析と再発防止対策の検討-ドラグ・ショベルによる災害に着目して-
・現場地耐力試験と平板載荷試験による地盤調査の性能比較
・ドラグ・ショベルの斜面降下時と残土乗り越え時における不安定性の実験的解析
・クレーン機能付きドラグ・ショベルのつり荷走向時における機械の不安定化に関する研究

(4)墜落防止対策が困難な箇所における安全対策に関する研究、特別研究報告SRR-No.46-2、2016
・建設業における斜面工事中の墜落による労働災害の調査・分析
・法面工事現場における安全管理法に関する実態調査-富山県・宮城県を対象地域としたアンケート調査-
・法面からの墜落災害防止のためのアンカーによる親綱固定方法に関する検討

(5)災害復旧工事における労働災害の防止に関する総合的研究、特別研究報告SRR-No.42-1、2012
・地震による災害復旧工事中の労働災害に関する調査・分析-新潟県中越地震・新潟県中越沖地震を対象として-
・地震により劣化した斜面の崩壊危険性に関する実験的研究
・斜面の浅い部分のせん断ひずみ計測による崩壊監視の提案
・施工中の斜面崩壊による労働災害防止のためのモニタリングに関する実地観測
・簡易な地山補強土工法による安定効果に関する遠心場掘削実験

質問2:最近開発した技術や研究成果を教えてください。

回答2:

最近開発した技術や研究成果としては、下記のものがあります。

(1)土砂崩壊の簡易危険検出システム

土砂崩壊時に、すべり面から離れた地表面付近でも生じる微小なせん断ひずみを高感度で捉えて、警報を発するシステムを開発しました。
検出部の「表層ひずみ棒」は全長0.6m、質量400gとコンパクトで、先端が貫入スクリュー形状のため、現場では電動ドライバーを用いて5~10秒で簡単に設置できます。また警報器は、崩壊実験と研究成果より、せん断ひずみの「定常的増加」と「加速度的増加」を赤色ライト点滅とブザーによる二段階の警告を光と音で発するものです。

このシステムは、日本とアメリカで特許を取得し、意匠登録もしています。製品はこれまで数十台の導入実績があります。


【土砂崩壊の簡易危険検出システム カタログ】

  • 裏から見ると対策工の立体配置も
  • 対策工の立体模型

(2)簡易な現場地耐力試験(BCT)と計測装置の開発

地耐力不足による建設機械の転倒事故を防止するために、現場の地耐力を短時間かつ簡易に確認する方法と、その計測装置を開発しました。
簡易な現場地耐力試験(BCT)は、平板載荷試験(PLT)と現場CBR試験(CBR)のそれぞれの利点を活かし、PLTと同じ直径300mmの円形の載荷板を用いて、CBRと同じ変位制御により短時間で沈下量を計測します。専用の計測装置は、建設機械の底部と地盤の間に手押しで配置するだけでよく、載荷ジャッキを一定速度(5mm/分)で伸長させた間の荷重と建設機械の浮き上がり量を計測し補正することで、載荷板の沈下量を間接的に求められます。試験は10分程度の短時間で済み、安全かつ経済的に地耐力を確認することができます。

本手法は国土交通省の新技術情報提供システムNETISにも登録されています。(技術名称「現場地耐力試験システム」、副題「平板載荷試験を簡易にした地盤調査」、登録No. KT-160051-A)


【現場地耐力試験システム NETIS掲載資料】

  • 裏から見ると対策工の立体配置も

    現場地耐力試験装置(BCT装置)の外観

  • 対策工の立体模型

    現場地耐力試験(BCT)の方法

質問3:今後の研究の方向性を教えてください。

回答3:

(1)本質改善

安全・信頼性については、安全が高い方から順に、①危険の除去、②危険の変更、③危険への工学的対処(ハード)、④危険の管理(ソフト)、⑤保護具など、という考え方があり、なかでも①②は「本質改善」という、設計段階から危険性を除去する最も効果的な手段であり、研究する上でも重要なテーマです。

裏から見ると対策工の立体配置も
安全の逆台形イメージ


(2)「斜面崩壊による労働災害の防止対策に関するガイドライン」について

土砂崩壊による労働災害は、①溝掘削時の溝崩壊と、②斜面の切り取り工事中の斜面崩壊によるものがほとんどを占めていて、前者①はH15年12月に「土止め先行工法に関するガイドライン」により「土止め先行工法」が普及して労働災害の防止に一定の効果が現れていました。

後者②の斜面崩壊による労働災害防止対策の強化について、当研究所の研究成果に基づき、平成27年6月に厚生労働省通達*と「斜面崩壊による労働災害の防止対策に関するガイドライン」が発せられました。当ガイドラインには「斜面の調査と点検の実施方法」「施工者が発注者・設計者と協力して斜面崩壊の危険性に関する情報を共有する方法と留意事項」がまとめられています。

このような労働災害防止に資する研究に引き続き取り組んでいきます。


*:基安安発0629第1号、平成27年6月29日、厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課長発、都道府県労働局労働基準部長 宛て
厚生労働省サイトURL:
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000149406.html

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3. 共同研究および研究設備の利用方法について

質問1:他の研究機関などとの共同研究は行っていますか?

回答1:

他の研究機関との共同研究は、産学官ともに積極的に行っています。

産:建設コンサルタントやメーカーとの共著論文を多数発表しています。

学:東京都市大学、立命館大学、高知大学、埼玉大学等との共同の他、連携大学院制度に基づいて複数の大学・大学院と連携しています。

官:厚生労働省との連携を多数行っています。


当研究所の使命に合致するテーマであれば、共同研究を行うことができます。共同研究の規程や申請書・計画書・契約書のひな型は当研究所ホームページに掲載しています。

質問2:斜面防災に関連する研究設備で、部外者が利用可能なものはありますか?

回答2:

斜面防災に関連する主なものとしては、「遠心力載荷実験装置」と「施工シミュレーション施設」があります。
「遠心力載荷実験装置」は、静的実験用と動的実験用に異なる非対称のプラットフォームを設置し、中規模装置ながら大型装置並みの搭載スペースを確保しています。さらに掘削シミュレータも有しているのが特徴です。
「施工シミュレーション施設」は大型実験用の屋内スペースで、高さ4m、幅4m、奥行き7.8mのコンクリート三面擁壁内に盛り立てた盛土斜面で崩壊実験を行うことができます。

利用目的が産業安全・労働衛生に関係するもので、かつ、公益性を有するものであれば、有料で施設を貸与できます。貸与規程の詳細については当研究所ホームページをご覧ください。


【遠心力載荷実験装置】

  • 裏から見ると対策工の立体配置も

    実験装置プラットホーム

  • 対策工の立体模型

    試験後の試料容器と配線状況


【施工シミュレーション施設】

  • 三面擁壁と実験斜面

    三面擁壁と実験斜面

  • 施設内の作業スペース

    施設内の作業スペース
    (ここでも小規模の盛土や掘削実験が可能)

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4. 最後に

質問1:当協会のHPをみたことがありますか?

回答1:

拝見しました。きれいで、見やすくメニュー立てされたホームページだと感じました。

質問2:斜面防災対策技術協会に期待することはありますか?

回答2:

研究活動の中で、その分野の最前線にいる方々に意見を聞きたいことがあります。とくに研究成果をガイドライン化する場合など、アンケート調査やヒアリングに斜面防災対策技術協会さんのご協力をいただければ、たいへん有難いです。

また、学識経験者を含む委員会の場でも、斜面防災の専門家集団である協会さんからのご意見を聞くことができれば、有用であると思います。

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5. 取材後記

一週間前の大雪が未だ消え残る真冬の寒い日に、研究所を取材訪問しました。玉手首席研究員、堀主任研究員、平岡研究員には、研究所の沿革から建設安全研究グループの研究内容まで、丁寧に説明していただきました。さらに取材予定時間を2時間近く超過しながらも、平岡研究員には構内の特徴的な研究施設の案内と解説をいただきました。

日本で唯一の「産業安全及び労働衛生」分野における総合的研究機関として、「職場における労働者の安全及び健康の確保」に資するという視点からの研究は、つい斜面現象のみに注目しがちな自分自身にとって新鮮な驚きがありました。また「土砂崩壊の簡易危険検出システム(表層ひずみ棒)」や「簡易な現場地耐力試験(BCT)と計測装置」に共通するのは、実験に基づいて精緻な現象解明に努める一方で、その研究成果の実用化にあたっては軽量コンパクト化・簡易化・経済性向上を常に念頭に置かれていることで、ここにも大いに感銘を受けました。

なお、取材者(沓澤)は以前、斜面対策工事で用いる安全帯(墜落制止用器具)について当研究所に相談し、適切なアドバイスをいただいた経験がありました。工学的・性能的な面だけでなく、法制度の面からも相談窓口になっていただける頼もしい研究機関でありました。

  • 取材状況	(奥左から堀主任研究員、玉手首席研究員、平岡研究員)

    取材状況 (奥左から堀主任研究員、玉手首席研究員、平岡研究員)

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